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一歳半~二歳 [父]

ある日曜日に家族で夕飯の買出しへ、ぬまの(前回記載のスーパー)まで出掛けていきました。そこには肉・魚・パン・米・調味料・雑貨・服・靴・文房具・玩具等、生活に必要なものがなんでも置いてあります。とはいえ狭い店舗ですから、流行とは無縁の必要最低限のものしか置いてはありませんが・・・。その中でも魚は毎朝仕入れをしていた様で、新鮮なものが多くありました。山奥に住んでいる人は海の幸に何故か目がないようで鰹の時期には一本物で売っていましたし、さしみや青魚等をほぼ毎日食べていた記憶があります。今は街の方で生活しているのですが、その当時食べていた魚の味にめぐり会えていません。あと玩具などは私が奥に住んでいた事で、ぬまのさんが仕入れの度に新しいものを仕入れてきてくれていました。狭い店舗でしたから置き場に制限があります。
毎日姉の送り迎えで寄っていた事もあり、どういう物が好きか良く知っていたんです。当時好きだったのが車とウルトラマンでしたから、乗り物系のプラモデル・ミニカー・ブロックなどとウルトラマン系のソフビがメインでした。その日父は「好きなもの買ってやるぞ。何が良い?」と、私はすかさずプラモデルの棚に目を配り即一台のプラモデルにひと目惚れしました。それはメーカーは覚えていないのですが、スバルR2のプラモデルでした。白地の箱に後姿の写真、まさにひと目惚れでした。姉も一台のプラモデルを手にし「私、これ!」と、手にしたプラモデルは同メーカーのスズキ フロンテでした。父:「じゃあ、これでいいだな?」私:「うん。」多分姉は、私への対抗心だったのでしょう。家に戻り母は夕食の準備、その間父が二人のプラモデルを組み立ててくれました。まずはR2から、今の様にボディを塗装してとかの知識はないので素組で、今の様にモーター駆動ではなくゼンマイ駆動で当り外れも普通にありました。二台が完成してどちらが早いか競争させる事になりました。競争をさせてみると私のR2はドン亀で負けた事がショックで負ける事自体許せませんでした。父は何処が悪いのか診てはくれたのですが、当時のものは精度が悪くハズレ商品だったようです。今の知識があれば、中身をいれかえてしまうんですがね(笑)。私:「ねぇちゃ、ずるいっ!」姉:「自分で選んだじゃん!」父:「お姉ちゃんなんだから、替えてあげてくれ?」姉:「嫌だ!あんたばっか、ずるいっ!」ともめている間に夕食ができました。父は食事中のテレビも私語も音をたてて食べる事・食べ物を残す事は認めてくれませんでしたから、その間は姉と休戦状態でした。食べ終わると、姉:「いいよ。替えてやる。」と・・・結局、数日後に私の不注意で二台とも踏み潰してしまい大破してしまいました
。父:「片付けておかんもんで、そうなるだ!物を大事にしろっ!」と怒られました。父は親の離婚で父親に育てられ、父親も父が小学生の頃に亡くなり親戚の家で学校にも行けず手伝いをしながら育った苦労人でしたから、食べ物を粗末にすることや物を粗末にすることが許せない人でした。そんな父に育てられた為、今でも食事で米粒一粒を残すことも物を捨てていくことも出来ませんが・・・。10年程前に当時のスバルR2(同メーカー・同パッケージ)の復刻版を発見購入し、今でも大事に取ってあります。いつか綺麗に作って飾りたいなぁ~。


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